'経済評論家の父から息子への手紙 お金と人生と幸せについて'を読んだ
社内で以前読んだことがあるほったらかし投資術をシェアしたら同僚がおすすめしてくれた一冊。 2024年に亡くなった著者が自分の子供への手紙、という文体で綴られていて読みやすかった。
リスクを取ることについて
一方的に「利益を提供する側」に回って損をする。資本主義経済はそういう仕組みになっている。また、自称お金のプロのアドバイスに従うと、すっかり「カモ!」にされるようにもできている。
経済の世界は、リスクを取ってもいいと思う人が、リスクを取りたくない人から、利益を吸い上げるようにできている。このことが、今はよりはっきりと現れつつあり、現在、その気づきの効果が大きい。
この辺りの言語化はさすがで自分もなんとなく分かるようになってきた。若いうち、資本が少ないうちはどうしてもリスクを取ることが難しく、吸い上げられてしまう側になりがち。
資本主義経済は、リスクを取りたくない人間から、リスクを取ってもいい人間が利益を吸い上げるようにできている。この点がよく分かったことは、今回この本を書いてみたことによる、父の個人的収穫であった。そして、利益を吸い上げる際に介在するのが「資本」であり、資本に参加する手段が現代では「株式」だ。一度スッキリ分かっておくと、働く上でも、投資をする上でも、見通しが良くなるはずだ。
そのような状況の中で吸い上げられる側からリスクを取ってもいいと思えるようになった時、参加する手段として現代では「株式」が比重として大きい。
コントロールできること、できないこと
運用資金は全額「全世界株式のインデックスファンド」でいい
人生にあっては、コントロールできないことについて悩んでも仕方がない。できることは確率・期待値的に良い選択をして、後は好結果を祈るだけだ。それ以上はない。
何をどこに置くか、の話だった気がする。運用でごちゃごちゃ考えるより人生を楽しむために時間を使ったほうがいいよね、みたいな。
稼いだお金はおおらかに使うといい。特に自分への投資を渋ると将来の自分が貧相になってしまう。自己投資の中身は、 ①知識、 ②スキル、 ③経験、 ④人間関係、 ⑤時間、だ。
この「おおらかに使う」は以下の以前読んだ「net worthの0.01%までなら考える意味はないから使ったほうがいい」とも個人的に繋がってよかった。文脈は違うけど
https://x.com/gomessdegomess/status/1960155285773046001
人生の幸福と通算成績
それは、幸福感は一時のもので、「人生は通算成績で計るものではない」 ということです。 「本人」は、最後まで、幸福感を感じることができます。 一方、「通算成績」を最後の最後まで持って行くことはできない。 つまり、幸福のための努力は最後までできる。しかし、通算成績は「他人」にしか見えないし、これを持って行くことはできません。こちらについては、将来のあれこれが見られないことが純粋に「残念」ではありますが、「希望」もまた捨てる必要がありません。
説得力がすごい。幸福感は時間の微分で体験できるものだから、最後まで諦めないほうがいいらしい。 逆にその積分である「通算成績」は最期に自分で評価することはできないので、幸福の追求をしたほうがいい。